なゆの暮らし

双極性障害と向き合いながら好きな美容、アニメ、日々の暮らしについて発信する雑記ブログ!

【当事者】私の双極性障害体験記🏥【受診のきっかけから現在まで】

こんばんは、なゆです💫

 

以前から双極性障害という持病を持っていることをお話ししていたと思います。

どうして私が病院を受診するに至ったのか、どんな経緯で診断がついたのかについてお話ししていこうかなと思います。

 

この記事を読むことで「これは病気じゃなくて甘えだ」「みんなはもっと頑張っている」と自分を追い込んでしまっているあなたに向けて、少しでも病院に行ってみようかなと改善への一歩を踏み出す手伝いができればいいなと思っています。

 

小学生から高校生時代

考え方が大人でリーダーの役割を任されていた

人見知りである反面、馴染むと割と率先して動いていた子供でした。

「なんでこんなこともわからないんだろう?」と思っていたし、仕切って物事を進めるのが得意だったので、よくグループ活動のリーダーに任命されていました。

 

「すごくしっかりしているね」と周りの大人によく言われていたのを覚えています。

 

怒られると死にたいと思っていた

活発な幼少期でしたが、その反面「死」というものにも興味があったのかなと今になって思います。

 

親に怒られるとよく「死にたい」と考えていましたし、実際に自分の手で首を絞めていたこともあります。

 

ネガティブ思考というか、少し危ない考え方はこの頃からあったのだと思います。

 

大学生時代

高校生の頃までは自分が精神的に弱いとは考えたことがなかったです。

 

ただ、ふとしたときに死にたくなったり、泣きたくなったり、幸せな話よりも悲しい結末の物語が好きだったりと少しネガティブ寄りなのかな?と思っていたくらいです。

 

そんな私が変化したのが大学生の頃です。

 

部活の先輩と合わない

私は自分の時間は欲しいし、夜は日付を超える前に寝たいタイプだったのですが、入った部活では日付を超えるくらいまで練習していました。

 

もちろん全員が日付を超えるくらいまで練習していたわけではありません。

 

実家暮らしの方や、家が遠い人は先に帰っていました。

 

ですが私は大学の敷地内に併設された寮に住んでいました。

 

そのためお互い直接言葉にはしませんでしたが、「家に帰って自分のことをしたい私」と、「大学の敷地内の寮に住んでいるのだから練習は最後までいるべきという先輩」という構図ができました。

 

寮に住んでいるからといっていつでも暇なわけではないし、自分のことをやりたい時間もあります。

 

そのため、たまたま早く帰った日があると「どうして練習に来ないの?」という愚痴を言っていると他の先輩伝いに聞いていました。

 

そんな日が続いて自分でどうすることもできず私は限界を迎えてしましました。

 

カウンセリング室に通う

よく学校にはカウンセラーさんが常駐していたり、不定期できてくれたりしますよね。

 

私の大学もカウンセリング室がありました。

 

耐えきれなかった私はこの悩みを解決したくてカウンセラー室の扉を開けました。

 

親身に話を聞いてれて私の辛いことに共感してくれて、私がどうしたいか一緒に解決策を考えてくれました。

 

ストレスの原因であった先輩との関わりを断つため部活をなんとか辞めることができましたが、辞めた後他の先輩とたまたま会うのが申し訳なくてビクビクしていたのを覚えています。

 

不眠期間が現れる

始まりは大学生の頃なのか高校生の頃なのか明確ではないですが、眠れない期間がありました。

 

何度も中途覚醒してしまったり、寝付けなかったり、早く目覚めてしまう期間が短くても1ヶ月。長いと3ヶ月くらいありました。

 

私はそれを「不眠期間」と呼んでいたのですが、原因不明で現れて急に改善されるというものが不定期にやってきました。

 

今思うとこの頃から睡眠リズムは崩れ気味でしたね。

 

社会人1年目

そんな大学生の期間を終え、看護師として大学病院へ入職しました。

 

救命救急センターに配属

救命は第一希望で入ったと思います。

同期も15人ほどいて、割とすぐ仲良くなりました。

 

先輩も優しい先輩もいればもちろんお局もいました。

毎日が必死だったことを覚えています。

 

夜勤は4月から

3日くらいの新入職者全員の研修が終わり、配属先が決定した後はすぐに病棟におりて業務開始でした。

 

夜勤も4月から組み込まれていてトップバッターだったのを覚えています。

 

普通の病院は1ヶ月全体研修があったり、夜勤が開始されるのも日勤業務に慣れてきた6月ごろから始まることが多いので、すごい急展開ですよね🌀

 

師長や主任から「できる子」認定

昔からただ普通にやっているだけなのに、他の子に比べて「できる子認定」されてしまう私は、入職当初親から「なんでもわかりませんっていうんだよ。できる子認定されないようにね」と言われていました。

 

なぜなら「できる子」認定されると重症度が高かったり、難しい患者や技術を割り振られてしまうからです。

 

私自身が「できる子」と思っていないのに、むしろ不安でいっぱいで潰されそうなのにそういう割り振りをされてしまうと自分が苦しむと分かっていたから「できる子」認定されないように潜んでいました。

 

ですが、師長さんや主任さんから「なゆさんはできるから」といつの間にかできる子認定されていました😢

 

仕事が辛くて転職を考える

夏から秋頃に辛くて転職を考えるようになりました。

この頃の状態をあまり鮮明に覚えていないので、覚えている限り書いてみます。

 

同じ寮に住んでいる同期とそれぞれの病棟の愚痴とかを吐き出していましたね。

その中で転職するにあたっての課題が「どうやって今の病院を辞めるか」でした。

 

辞める際には病院の看護師長との面談があったのですが、その看護師長がかなりヤバい人だったんです…。

 

人格否定をされてズタボロにされるというド地雷師長だったんです⚡️

 

そこで私は大学生の時にお世話になった先生に相談することにしたんです。

幸いなことに、その先生もこの年から教員を辞めて大学病院で働いていました。

 

恩師の説得もあり心療内科を受診

先生と会って今が辛くて仕事を辞めたいことを話しているうちに、涙が出てきたことを覚えています。

 

その先生が「病院を受診するのはどう?」と勧めてくれました。

当時の私は「自分は病気じゃなくて甘えだから病院に行っても意味がない」「心療内科はイメージができなくて怖い」と思っていました。

 

ですが、最終的には「優しい女の先生だよ。大丈夫。」という先生の言葉で受診を決意しました。

 

適応障害で休職

今の主治医との出会いです。

話しやすくて親身に話を聞いてくれたのを覚えています。

 

受診結果としては【適応障害】で1ヶ月の休職でした。

 

休職なのでもちろん病棟の師長さんへ連絡をしなければなりません。

そのアポイントも先生が話を通してくれて3人で話をしました。

 

師長さんも私がここまで苦しんでいたとは思っていなかったみたいで、かなり驚いていました。

 

師長さんと話もついて家に帰りながら親に電話したのを覚えています。

昔ながらの人間なので、苦しくても3年は働けという固い考えだったのであまり期待しないようにしました。

 

親も急に言われてびっくりしたと思うし、お互い距離を置く時間が必要だと思ったので、2回目の受診までは寮でゆっくりしました。

 

そのあとは親が迎えにきてくれて実家でゆっくり過ごしていたと思います。

 

初めての抗うつ薬で体重急増

抗うつ薬は太るというイメージがありますよね。

 

もちろん太りにくい抗うつ薬もありますが、基本的には食欲を亢進させて代謝を落としてしまうので太りやすくなります。

 

私も初めて抗うつ薬をもらい1ヶ月で10キロ太りました。

 

学生の頃から毎朝体重を測ることが日課だった私は、鬱状態になって体重を測る動作ができなくなっていました。

 

抗うつ薬を飲んだおかげで体調も良くなってきて久々に体重計に乗ったんです。

あの時の衝撃は忘れないです😢

 

具体的には48キロから58キロに増えていました。

その後じわじわ増え始め、MAX14キロ増の62キロ台まで跳ね上がります。

 

今まででみたことない数値だったので、この時から私の今に至る体重コンプレックスの始まりです。

 

抗うつ薬を辞めたら痩せたという人もいますが、私は全く痩せずですね。

まだ色々薬は飲んでいるので、代謝が人より高くないのかなと思っているのでゆっくり時間をかけて元に戻していきたいと思います。

 

1ヶ月の休職後同じ病棟に復帰

休職明け違う部署に移動することもできると言われましたが、新しい部署のの人間関係を1から築くのは怖いと思ったため、同じ病棟で復帰しました。

 

初めは受け持ちはつかず、フリーとして働きました。

ですが、なれた頃に受け持ちがつくようになると徐々にまた眠れない憂鬱な気分になるなど体調の変化が起きました。

 

退職

鬱症状が再燃して1ヶ月の休職という診断が出ました。

 

おそらくこの頃には適応障害から鬱に診断が変わった気がします。

 

今回も休職ということで、師長さんと話すときに「違う病棟で働くことも、退職することもできるけどどうする?」という話をしました。

 

私は「今の病棟で働けるビジョンが見えないので退職したい」ということを伝えました。

 

こういう時だけやることが早いブラック病院。

その日付で退職になった気がします。

 

ここでもちょっとムカつくことはあったのですが、退職できるからいいか!と思ったのを覚えてます。

 

社会人2〜5年目

美容皮膚科に入職

かねてから興味のあった美容看護師に転職しました。

 

同じ病棟の同期も一緒に同じ職場へ転職していたので、緊張していましたが気持ちは楽でした。

 

人間関係も「ちょっと怖めの苦手な人がいるな〜」というくらいでお局のような方はいなかったので働きやすかったです✨

 

お金の管理ができなくなる

給料も上がり、好きな美容関係の仕事ができたことで美容へのモチベーションが増加しました。

 

いろんなブランドものを買ったりデパコスを買ったり、挙げ句の果てにはエステサロンを2件ローンで契約していました。

 

もらったお給料は全て次の週のカード代に消えて手元には残らないというような状況でした。

 

全くお金の管理ができていないですよね😢

 

でもすごい楽しいんです。楽しかったんです。

後先のことなんて全く考えず、自分がやりたいから、楽しいからやる。

「やらない方がいいのかな?」なんて頭に浮かぶことすらありません。

 

躁状態です。この頃に双極性障害と診断されました。

 

楽しいけど、支払い期限は必ず来るもので頭の中は常にお金の心配でいっぱい。

本当にお金がなかったんです…

 

今でもこの時にできたローンの支払いを続けています。

 

躁状態以外にも買い物依存症などで同じような状況になっている方もいるのかなと思います。

自分が抑えられないのは異常行動なので、一度病院へ行ってみるべきだと思います🏥

 

でも躁状態の時って自分が病気だと思っていないから、悩んでわざわざ検索して対処法を調べるなんてことしないですよね😢

 

もし今このブログを読んでいて悩んでたどり着いたのであれば、今が立ち直るチャンスだと思います!

 

1年に1回休職

仕事やお金の問題、休日は休みなく予定を入れていた(明らかな躁状態)反動がきました。

鬱状態に入ってしまいました。

 

入職する際自分の病気のことを伝えてなかったのですが、うつ状態に入り休職の診断が出て初めて職場に伝えました。

 

それ以降私はどうしても春が苦手で、春になるとうつになってしまい1年に1度休職をするようになりました。

 

休職をするとボーナスも減りますし、有給も場合によってはつかなくなります。

 

有給って必ず付与されるものだと思っていたのですが、全出勤日の8割以上出勤していないと付与されないんですって!

この病気になっていないと全く知りませんでした。

 

休職をして身体を整えることも大事だけど、しっかり仕事をしつつ身体も健康なのが1番いいなと思うようになりました。

 

社会人6年目

仕事を辞めて体調を整える

この頃は会社の方針で週5勤務か週4勤務、時短勤務のどれかから選べるようになっており、私は週4勤務で働いていました。

 

一般的に週5勤務だと思うのですが、それよりも圧倒的に休みが多い週4勤務にしていても体調を崩して休職していたので、一度ゆっくり療養してみてもいいんじゃないかという話が家族の中で上がりました。

 

元々長居しようと思っていた職場ではなかったし、一度リセットしたいと思っていたので失業手当をもらいながら1年間実家でゆっくりすることにしました。

 

 

仕事を辞めて初めての春

春が苦手で必ず休職になっていた私ですが、仕事を辞めて初めての春はちょっと気分が落ちたくらいで済みました!

 

1日中ベッドの上で動けなかったり、食事が取れなかったり、「死にたい」と思うこともなく、少し憂鬱だな…という程度で済みました。

 

ここ数年で1番調子のいい春でした🌷

 

その憂鬱も1ヶ月くらいで良くなり、割と安定しているかなと思います。

 

春のストレスをなくすために花粉の舌下免疫療法を始める

春に体調が悪くなってしまうのを少しでも防げたらいいなと思い、スギ花粉の舌下免疫療法を始めました。

 

ストレスは仕事やお金だけじゃなく、思いがけないところでストレスを感じています。

 

私は花粉症がひどく、数値もレベルMAXなので体の外からくるストレスをなくそうと思い始めてみました🌲

 

人の断捨離

今もしっかり働けている大学の同期を見たり、仲良くしてくれたけどあまり自分にとって良くない関わり方だなと思っていた友人と距離を取ることにしました。

 

SNSも新しく作り直し、連絡も自分から取らないようにしました。

 

自分が落ちている時は、どうしても周りと比べてしまってさらに落ち込むという負のループに陥ります。

 

なので全く関係を断たなくていいので、調子が戻った時に見てもいいかなと思えるようにSNSを作り直して視界に入れないようにしました。

 

1年経った今は少しずつですが、前のSNSを見れたり連絡が来たら返せています📩

 

社会人7年目(今)

社会人7年目になる今年は「大きく体調を崩すことなく仕事とプライベートを両立する」ことが目標です。

 

今は派遣看護師として仕事をする生活に慣れている段階ですが、春からは正社員として新しくスタートしようと思っています。

 

自分の希望する条件と合う職場が見つかるといいのですが、こればかりは入ってみないとわからないので緊張しますよね。

 

できれば週4勤務の職場が見つかればいいんですが…!

 

転職の話はまた後でブログにしたいと思います🌸

 

まとめ

今回は双極性障害を持つ私がどんなきっかけで受診に至って、どんなふうに病気と向き合ってきたかについてお話ししました。

 

昔から自分は人よりちょっとおかしいのかなと思っていたことはありましたが、まさか本当に病院通いになるなんて思っていませんでした。

 

体の怪我と違って心の怪我は目に見えない分、理解されにくいです。

 

初めは否定的だった両親は今ではサポートしてくれますが、未だに病気のことをしっかり理解できていないと感じることもあります。

 

ですが、100%わかってもらうつもりは無いし、そう思うと自分が辛くなるので自分がわかっていればいいかなと思っています。

 

自分のことをどうにかできるのは自分だけなので、今辛くてしんどくて助けを求めたいけどどうすればいいのかわからない人は、一度病院へ受診してみてください。

 

ますはそこからだと思います。

 

私も自分の体調についてはわからないことがたくさんあります。

少しずつ自分を知って自分を大事にしていきたいと思います💖